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【やまと尼寺】 2025新作が放送されます!「初夏 緑いっぱい 山の味」再放送は?
SNSのある投稿で以下のようなものがありました。
「アート作品の展示において、作品の制作意図などを聞いたとき、
「なんとなく」とか「たまたま」とか答えられると、がっかりする…。」
というもの。
その投稿には、以下のような多くの反論コメントがついていました。
・アーティストが息をするように創作するものだから意味を聞くのは失礼だ。
・そもそも、創作なのだからアート作品に意味など必要ない。
・ラスコー洞窟の絵になぜ描いたか?の意味があるのか?
・作家は、理由や意味を根掘り葉掘り聞かれると面倒に感じる。
・言葉にできないから作品を作っている。
私は、この反論コメントがすごく気になりました。
私自身は、アートの作品制作には必ず制作意図や意味が必要で、アート作品として発表するにはそれらは必須だと思っていたからです。
なのに、こんなにも多くの人が、雰囲気でアート作品を作ったり見たりしているのか…!と、改めて驚きました。
そこで、これを聞いて私の頭の中にわーーっと湧いてきた反論?を書いておきたいと思います。
まず感じたのは…
・「アート」という言葉を「現代アート」として使ってる人と「もっと漠然と広い意味でのアート」として使っている人。
・作品のいくつかあるレイヤーのどの部分を言ってるのか意識していない人。
によって、答えが違うんだと思いました。
今の時代アートをやっていれば、だいたい現代アートのエリアにいるのではないかと思います。
もしその外のエリアなら、なぜ作ったか?意味は?という問いに答えなくてもいい。
でも、もし内側のエリアだったら、それは自分が意識しようがしまいが「現代アート」のルールの中で作品発表していることになる。
そこでは、「なぜこの作品を作る意味があるの?」「あなたと社会の繋がりは何?」「それがどうなって作品になったの?」と必ず問われます。
それが作品の評価のベースになるからです。
「現代アート」では作品は評価され取引されることが前提。だから説明しないのはおかしい。
それは、作品を売りたい・評価されたいのにそのルールを拒否していることになるから。
「作品は、アーティストが息をするように創作するものだから、説明なんて必要ない」とか、「意味を聞くのは失礼だ」というのは、現代ではどうかと思う。
もちろんアート市場に出したくないのなら説明しなくてもいい。
でもそれだと、書類選考で落とされて市場には乗らない、というか取引してもらえない。
もちろん世間にはたくさんのギャラリー・ギャラリストがいるので、説明はなくても見た目とギャラリストの独自解釈で作品を評価して市場に引っ張ってくれることはあるだろう。
でもそれは「私は野に咲く一輪の花、誰か私を摘んでください…」と、控えめすぎる態度で待っているようなもので、それでいいの?となる。
「現代アート」の市場に出て行きたいのなら、レギュレーションはクリアすべき。
もしかすると、自分はどうしたいのか?、うやむやなまま作品を発表していないか?など、一度しっかり考えてみた方がいいのではと思う。
コンセプトや動機がなくても作品は作れる。
人がそういう作品を見て感動することも多い。そこには作品の意味などなくて、それは作品の強さや工芸品としてのレイヤーの話。
歴史に残る有名な作品たちは実物を見ると強い存在感のようなものが全然違う…という。そういった話。
ただ100年単位で数人?のレベルの作品を自分は作れるんだろうか?、もしそうなら書きっぱなしでもいいだろう。
でもそれが難しいならお作法にのっとるほうがいいと思われる。
美術史を調べてみると、昔の作品にコンセプトなどはない。
しかし、歴史ごとにクライアントが変わりそこではいろいろと決まりがあった。当時はそれがコンセプトや創作の意味だったといえる。
時代は変わり、現代のクライアントは超超金持ちや美術館になった。作品の傾向や動向は常に彼らに注目して動いている。
そこでは現代アートのルールがある。
自分はそんな金持ち関係ない…と思うだろう、しかし自分は明らかにその流れの末端で創作活動をしている。
少しでも美術史に触れるとそんなことがわかってくる。
そうすると、漠然と使っていた「アート」や「アーティスト」という言葉も明確な意味が理解できるようになって、作品の中には「理由や意味のないものや色」は一つも置けなくなり、気分で書き始める….ようなことは、趣味でなら…ということに気づくようになる。
だから作ることが難しくなって、そういうことがなされている作品が現代アート市場に出ていける資格があるとわかる。
自分はローカルでやるから関係ないよ…と思うのもいいと思う。
がんばってラッセンのように強烈なカラーを作って自分で販売網と作り出してもいい。
でも、上流では現代のレギュレーションに沿ってヒリヒリと作品を作っているアーティストがいるということも事実だ…
こんなふうに今は思っていて、これは新しいことを知るたびに変わるのだろうと思っている。
私の考えは、イマココだ。
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