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【魔女の宅急便】キキがホウキで飛べなくなったのはなぜ?

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キキがホウキで飛べなくなったのはなぜか、宮崎さんがキキの能力について語っている場面があります。

宮崎)キキはなぜ飛べると思いますか?
ーー映画の中では血で飛ぶといってますが…
宮崎)血っていったいなんですか?親からもらったものでしょう。自分で習得したものじゃないですよね。才能っていうのはみんなそうなんです。無意識のうちに平気で使っていられる時期から、意識的に自分のものにする過程が必要なんです。
ウルスラが言っていた、いくらでも絵は描けたけど、本当に自分のものだと思っていたものが実は親からもらったものだったと。
だから、今まで平気で、無意識のうちにやれていたことが、とてもできなくなってしまうということは、無意識のうちに成長していくことは不可能だということです。ですから、この映画の中で魔法を、いわゆる魔法ものの伝統から切り離して、キキの持ってるある種の才能という風に限定して考えました。そうすれば、いくらでも飛べなくなるってことはあるんだ…と。
そうすると、どうして飛べなくなったかっていう理屈が欲しいかどうかって問題になってくる。
ーーそうですね、あそこでトンボと喧嘩したからだ、とか。
宮崎)でもそうやって理屈をつけたからといって問題が明瞭にならないでしょう?むしろ、今のような表現の方が見ている女の子たちも納得いくんじゃないかと思う。
昨日まで飛べたのになんで今日は落っこちるのか、なぜこんなに人の言葉が突き刺さるのか、なぜこんなに元気が無くなってしまったんでろう…そういうことじゃないですか。
僕らもアニメの仕事をしていて、絵が急に書けなくなることがよくあるんですよ。絵の描き方を忘れてしまうんです。どうしてそうなるのかわからないんですよ、理屈なんて…。でもそういうことっていくらでもある。
才能だけじゃなくて、気分ということだってそうです。キキはじぶんのことを持て余しているんですよ。誰も喧嘩しようなんて思ってないのに、思いもよらない乱暴な言葉が出て来たり…。

以上が、その部分なのですが、ちょっとわかりにくいですね。
わかりやすくまとめてみると、キキの魔法(ホウキで飛ぶ)は確実な機能ではなくて才能だということ。才能だからうまくできたりできなかったりもする。だから、ちょっとした気分の波や生活の困りごとに左右されてしまう。しかもその理由はわからない。生きていると起こり得るものということのように思えます。人間の生活や成長過程のリアリティかもしれません。
どちらにせよ、この映画では、魔法を確実な能力としてではなく才能のひとつとして扱って魔女も普通の人と同じように生きているという設定が根本にあるのが大きな理由かもしれませんね。

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