もともと、不思議なことが多い作品ですので、都市伝説のような話もウワサされているようです。そのいくつかを調べてみましょう。
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油屋のモデルは夜のお店。
この作品で、千尋が働くのは湯婆婆が経営する神々のための温泉施設で、そこで千尋は湯女(ゆな)として働きます。
湯女とは、江戸時代に存在した「夜のお店の女性」です。
千尋は湯婆婆に名前を取られて千と名乗りますが、それも夜のお店でいう源氏名のようです。
このウワサ、まんざら外れていなくて、宮崎監督も、この作品はキャバクラがモデル…と言っているようです。
プロデューサーの鈴木さんが、「キャバクラで働く子っていうのは、引っ込み思案の子なんかも多くて…しかし、仕事で接客をしていくうちに、だんだん性格が変わっていく…」という話をしたことにヒントを得たとのことです。
幻のラストシーンが上映されていた。
映画のラストシーンは、トンネルを抜けてこの世界に戻ってくると、車は葉っぱだらけで何日も過ぎているかのようになっていて、急いで新居に向かう…。でした。
しかし、映画の公開直後、違うラストシーンがあったと言うジブリファンがいるそうです。
それは、
・千尋の父が母に「もう、引越し業者さん来てるわよ」と叱られ、業者にも「時間に遅れると困る…」などと苦情を言われていた。
・新居の近所をぶらぶらしていた千尋は、小さな川を見つけ眺めていると、ハッと何かに気づくと、それはハクが神様となって宿った川であった。そして、油屋でのことを思い出す。
・千尋が転校した学校には、ハクらしき少年がいた…
などの目撃談がそれです。
ただ、映画のフィルムをプリントするには、高額な料金がかかってしまうので、それを全国の上映館分差し替える…となると、あまり現実的では無いようです。
千尋は、なぜ名前を取られたのにこの世界に帰ることができたのか?
湯婆婆の契約書に名前を書き、本当の名前を奪われてしまった者は、あの世界に縛り付けられてしまう。なのになぜ、千尋はこの世界へもどることができたのでしょうか?
千尋は、名前を、萩野千尋から千へと変えられてしまいますが、あの文字を奪われるシーンをよく見ると、千尋は「萩」の「火」の部分を「犬」と書いています。
ハクに「決して、本当の名前を教えてはいけない」と言われていたので、わざと嘘の名前を書いたのです。もしくは、本当に書き間違えたか…
どちらにせよ、千尋は湯婆婆に本当の名前を教えなかったのです。そのおかげで、契約書に縛られることなく、この世に帰ることができた…
ということです。
実は、千尋たちは事故に遭い、あれは千尋たちの臨死体験である。
実は、千尋の家族は映画の冒頭、車のスピードの出し過ぎで?事故に遭い、その後の話は千尋たちの臨死体験だという話です。
その理由は、
・トンネルは、臨死体験をした者が見るという天界に向かうトンネルである。
・トンネルを抜けると千尋の体が透けている。
・トンネルを抜けた先の川が、振り返ると戻れない三途の川のよう。
・親たちが不自然にトンネルを進み、置いてある食事に手をつけるという違和感。
などがその理由です。
そして、油屋で修行をして湯婆婆から解き放たれることで、再びこの世に戻ってこれたということです。
あるシーンに「火垂るの墓」の節子が出演している。
千尋が銭婆に会いに行く際に乗った海原電鉄の通過駅、沼原駅では、駅のすみに佇む少女の姿がある。この少女が「火垂るの墓」の節子ではないか?と言われている。
少女は、他の乗客と同様に、黒く半透明で、正確な容姿は判読できない。
千尋が銭婆に会いに行く際に乗った海原電鉄は、あの世への片道列車だった。
千尋がハクの盗んだ印を銭婆に返しにいくシーン。千尋たちが乗った海原電鉄は「あの世」に向かう列車だったというウワサがあります。
その理由は、
・電車に乗っている人物が黒く透けている事。
・海原鉄道には片道切符しかない事。
・切符を渡した釜爺が、決して降りる駅を間違えるなと忠告した事。
・水の中を進む列車が、まるで三途の川を渡っている様に見える事。
などです。
これについては宮崎監督も言及していて、映画「銀河鉄道の夜」へのオマージュである…と。そういえば、乗客や車掌が黒く描かれていたり、窓の外の風景など共通点がみて取れます。
銀河鉄道は死者が乗る列車で、その終着点は当然天上(あの世)であることを考えると、このウワサはまんざら外れていないことになります。
また、海原電鉄は環状線だとも言っています。
千尋両親が豚になったのはなぜ?
千尋のモデルとなった千晶ちゃんの父親が「紅の豚」のモデルだったから。